B2Bの『未顧客理解』:ニッチ勝負から抜け出してビジネスを成長させるには

マーケティングでは、「顧客理解」という考え方が一般的です。

これに対してマーケティングサイエンティストの芹澤連さんは、「買わない人としての“未”顧客」の理解が重要という考え方を提唱しており、マーケティングの世界に一石を投じています。売上を増やし、ビジネスを成長させるための「未顧客理解」の方法とは何かを語っていただきました。

なぜ未顧客の理解が必要か

──昨年出版された『“未”顧客理解』(日経BP)を読ませていただき、非常に刺激を受けました。あらためて「未顧客」へのアプローチについてお聞かせください。

芹澤さん(以下、芹澤):
「買ってくれる人=顧客」が大事というのは、データやエビデンスを持ち出すまでもなく、なんとなく分かると思います。しかし「買わない人=未顧客」が大事と言われても、実務の現場で働いているとなかなかピンとこないかもしれません。

実際、方々で「顧客志向」や「顧客理解」の重要性は強調されていますが、「買わない人=未顧客」はあまり注目されてきませんでした。しかし、海外の研究や論文をひも解いていくと、事業の成長には未顧客の新規獲得が必須で、既存顧客をターゲットにしているだけではシェア拡大は厳しいことが分かってきました。

これは「売上=顧客数×購買頻度×価格」の因数分解で考えると分かりやすいと思います。未顧客理解では、この中の「顧客数×購買頻度」という掛け算に注目します。

なぜかというと、ダブルジョパディの法則:「シェアが低いブランドは購買客数もロイヤルティーも低くなる」があるからです(ここでいうロイヤルティーとは購買頻度やリピート率、シェアオブウォレットなどの行動ロイヤルティーを指します)。

ダブルジョパディは南オーストラリア大学のアレンバーグ・バス研究所が提唱する法則で、バイロン・シャープ教授の著書『How Brands Grow(邦題:ブランディングの科学、朝日新聞出版社)』で有名になりました。

この法則は、言い換えると「顧客数を増やせば購買頻度も高まるが、購買頻度を高めても顧客数は増えない」ということになります。つまり、未顧客を獲得するほど「顧客数×購買頻度」は増えますが、既存顧客の購買頻度を高めても顧客数は増えないということです。

一方、既存顧客を重視するということは「購買頻度×価格」という掛け算を大きくしようということに他なりません。しかし、実はロイヤルティー(購買頻度)は顧客数の増加に伴い間接的に増えるもので、マーケティングで直接的に増やすことはできません。また、価格を簡単に変えられる企業もそう多くありません。

消費財などでイメージすると分かりやすいと思いますが、むやみに価格を高くすれば客離れが起こり、PB(プライベートブランド)に流れるだけです。つまり顧客数とトレードオフになるわけです。B2Bでも基本的には同じ構造だと思います。競合との“相場”を意識しなければいけません。

従って、価格はあまり動かせないとするなら、「顧客数」と「購買頻度」の両方を増やすことができる未顧客の方がビジネスインパクトは大きく、優先順位が高いわけです。

──では、未顧客に対して、どのように購買を促せばよいのでしょうか?

芹澤:
未顧客に購買してもらうためには、普段の生活や仕事の文脈の中に、ブランドへの入り口をたくさん設けて、ブランドにたどり着く確率を高める必要があります。この考え方をCEP(カテゴリーエントリーポイント)と言います。CEPとは購買のきっかけであり、カテゴリー需要が生まれる瞬間の文脈、ないしは記憶です。

B2CでもB2Bでも、ブランドを選ぶ前に、そのカテゴリーに入ってくるシーンやタイミングが必ずありますから、その入り口と強く結びついたブランドの方が想起されやすいわけです。ひとことで喉が渇いたと言っても、スポーツ中なのか、海とか山で渇くのか、仕事中なのか、家族と一緒にいるのか、文脈が違いますね。その文脈を手がかりに、ブランドをどのような記憶と結びつけるか、どのような作り方や売り方をすれば良いのかを考えるのです。

BtoB企業こそ「未顧客」が重要

──BtoBの企業の場合にも当てはまるのでしょうか?

芹澤:
BtoB企業こそ未顧客が重要です。toBはtoCと違うと考える人が多いですが、近年の研究では、ほぼ同じ成長の法則が当てはまることが知られています。

B2Bに関しては【95:5ルール】というものがあります。上述のアレンバーグ・バス研究所のジョン・ドーズ教授が提唱している法則で、例えば、あなたの会社の製品・サービスは、平均して5年に1回買い替えが起こるとしましょう。すると、任意の1年で買い替える人は全体の20%、四半期だと5%になります。つまり、四半期レベルで見れば市場の95%は未顧客だということです。その未顧客に対して事前想起を形成し、カテゴリー需要が発生した時に自社製品や自社サービスが思い浮かぶ状態にしておくことが、B2Bマーケティングの本質です。

別の言い方をすると、パフォーマンスマーケティングや月ごとのプロモーションで刈り取れるのは、いくら頑張っても市場の5%が上限だということです。その5%にコストやリソースの大部分を投入し、競合としのぎを削ってさらに“分の1”しか獲得できないのと、95%が想起するように事前にブランディングしておくのでは、どちらのインパクトが長期的に大きいのか考えてみて欲しいのです。

現在では、B2Bでもパフォーマンス測定のためにROIやROASを用いることが増えましたが、これらは効率性の指標で「現在市場にいる5%をいかに効率よく刈り取れたか」に過ぎません。しかし、ビジネスが成長するには「効率」だけでなく「効果」が求められます。つまり、ビジネスインパクトが大きい事をしないといけません。「5%に対する効率性」ばかり追っていても、「95%に対する効果」は得られないのです。

またBtoBでは、機能性や価格について他社との比較検討が入念になされ、合理的な購買意思決定が行われると思われがちですが、最近の研究では、BtoBでもエモーショナルな要素が重要であることが分かってきています。

toBの営業では、クライアントにサウンディングを行い、キーパーソンや意思決定プロセス、判断基準などを調査することがあると思いますが、それらに加えて各プレイヤーのCEPを把握することも重要になって来ると思います。どのような文脈でペインポイントが発生するのか、その背景と共に感情訴求を行い事前想起を形成しておくわけです。

最近ではBtoB企業も、TVやタクシーでブランディング寄りのCMを流しますよね。CEPをうまく捉えたものが多く、事前の想起を獲得するのに一役買っていると思います。

──大手と競合するのは嫌だから、「ニッチで勝負する」という発想になりがちです。

芹澤:
その場合、「はじめからニッチを目指したのか?最初はスケールを目指していたけれど、図らずしもニッチになってしまったのか?」を自問自答するべきです。現実は後者なのに、最初から前者のスタンスであったかのように、自分も周りも誤魔化す人が結構います。つまり、「ニッチだけど強固なポジショニングが確立できている」「最近ではコアファンが重要と言われている」「我が社も捨てたもんじゃない」と都合よく解釈しているだけではないか、ということです。

ニッチだからロイヤルティーだけで成長できる、というエビデンスはありません。最初はニッチでスタートしても、成長するときは未顧客やライトユーザーを多く獲得しながら成長します。例えばある研究では、会社が倒産する寸前でも、生存顧客の推奨意向や満足度は極めて高かったことが報告されています。なぜだと思いますか。ライトユーザーが少なくコアファンばかりが残ったからです。家族経営や個人事業なら、損益分岐点ギリギリでオペレートできればそれでいいという方もいるかもしれません。しかし、投資家から預かった資本で事業を行っている会社は、常にファクトと照らし合わせて自問自答する責任があると思います。

もう1つ、経営者が陥りがちな発想に「大手とではなく、自分たちと同規模の企業を競合に設定(ライバル視)してしまう」というものがあります。

これに関しては「購買重複の法則」というエビデンスがあります。いかなる企業も「市場シェアに応じて競合と顧客基盤を共有することになる」というエビデンスです。つまり、たとえ小さな企業であっても、似たような規模の競合より、より多くの顧客を大企業と共有するのです。

これが何を意味しているかと言うと、小さな企業が戦略を考える時に、自分たちと似たような規模でついライバル視しがちな競合と差別化しても、成長インパクトはたかが知れているということです。現実問題として、小さな企業は大企業からシェアを奪って初めて成長します。

ですから、シェアトップのブランドをベンチマークしたうえで、クライアントに対して「なぜ、ウチの製品・サービスの方があなた(のCEP)に合っているのか」を訴求すべきだということです。

もっとも、世の中にはこうした法則から逸脱して成功する企業も稀に存在しますが、原則的にはエビデンスに立脚し、ファクトベースで思考する方が成功確率は高いと思います。

事例に引っ張られすぎない:エビデンスと再現性

──マーケターによっては、理論や法則よりも「事例」を重視する人も多いのでは?

芹澤:
多くのビジネスパーソンが「事例に引っ張られすぎ」だと思います。「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがありますが、事例とは、言ってしまえば「桶屋が儲かった時に風が吹いていたことがあるらしい」というn=1のサンプルにすぎません。「風が吹けば(原因)→桶屋が儲かる(結果)」と言うためには、強いエビデンスが必要です。しかし事例はエビデンスではありません。

特に成功事例は、その企業(市場、顧客)に最適化され過ぎている節があります。例えば、熟練のマーケターが考えたフレームワークがあるとしましょう。そうしたフレームワークは、自ずとその企業が置かれたマーケットの特徴やモノの買われ方を前提としており、他の会社にあてはまらないことが多々あります。手法や事例を取り入れだけでは物事がうまくいかないのは、そうした文脈や前提が考慮されていないからです。

そういうときにエビデンスを活用して欲しいのです。例えば、ビジネス系のニュースメディアなどで、大企業のファンマーケティングやロイヤルティプログラムの事例をよく見ます。それに触発されて、「ウチもファン育成に力をいれなければ」と意気込む小規模ブランドの担当者の方がいました。

しかし、小規模ブランドの成長の大部分は浸透率の増加によるもので、シェアが30%を超えるような大きなブランドになると、購買頻度やカテゴリー拡大が相対的に大切になってくることが知られています(浸透率の方が大事であることは変わりません)。つまり、大企業は「その成長段階まで行くとロイヤルティーマーケティングが効果的だからやっている」だけで、小さな企業が真似をすれば大きくなれるという事ではないのです。

購買ファネルの幻想

──「顧客理解」のための手法も、カスタマージャーニーや購買ファネルなど様々なツールがあります。こうしたツールを使う時の注意点を教えてください。

芹澤:
顧客理解のツールを使う時には、「企業側から見た顧客」と「実際の顧客が見ている世界」を混同しないようにしましょう。逆説的に聞こえるかもしれませんが、“人”にフォーカスしている限り、実務で生かせる理解にはたどり着きません。非常によく勘違いされているポイントです。人を見ようとすると、「ウチの顧客ってこんな人だよね」「こういうペルソナだよね」という理解になります。

しかし、それは「企業から顧客がどう見えるか」「どんな人に客になってもらいたいか」を言語化しているに過ぎません。確かに「顧客を見ている」のですが、「顧客が見る視点で物事が見られるようになる」わけではないのです。見るべきは、人そのものではなく購買に至る文脈、その人がカテゴリーやブランドにエントリーするCEPです。

また、B2Bでは購買ファネル(製品やサービスを購入するまでのプロセスを漏斗型に表現したもの、マーケティングファネル)を利用することが多いと思いますが、ファネルは「データの集計ロジック」であって「現実のカスタマージャーニー」ではありません。

例えばよく「歩留まりの解消」と言ったりしますが、先に述べた通り、未顧客はボトルネックに引っかかっているから買わないわけではないのです。市場にいないのです。ですから、むしろファネルに入って来る入り口(CEP)の大きさ・数を増やすこと、いわゆるトップオブファネル(TOFU)のカバー率が重要になります。

ただ厳密に言うと、購買行動は「認知→関心→理解→比較→購買」のような直線的なファネルにはならないと言われています。関心、好意、満足、自分ごと化、信頼、熱狂、推奨のようないわゆる「態度変容」をファネルのフェーズに設定している場合は、特に注意が必要です。

こうした態度は、営業やマーケティングではなくブランドのシェアによって決まります。つまり大きなブランドは一律にスコアが高く、小さなブランドは一律に低くなります。「ボトルネックになっている特定のフェーズを改善すれば、ファネル全体が購買に向かってスムーズに流れ始める」のようなイメージを持たれている方が多いですが、実際のブランド選択はそのようにはならないということです。ファネルを使うなら、認知以外は全て行動ベースの指標を使いましょう。

「戦略以前」の問題

──これからのセールスパーソンやマーケターにとって、何が重要だと考えられますか?

芹澤:
エビデンス思考ですね。ビジネスではよく、「誰に、何を、どのように(WHO、WHAT、HOW)」が大事だと言われますが、ここまで見てきたように、実は戦略を考える前に知っておくべき市場の規則性や消費者行動のパターンがあります。

例えばAという手段を用いてBというゴールを目指そうとしても(例:ブランドイメージを高めることで未顧客のトライアルを増やす)、それが実際にワークするのは市場に「A→B」という関係性が実在する(例:ブランドイメージを高めると未顧客のトライアルが増える)場合です。高い予算を使って、実は「A→B」などという因果関係は存在しなかった、原因は別の「要因C」だった、むしろ「B→A」だったでは話にならないわけです。

マーケターが陥りがちな因果関係

しかし、実際にはそのような勘違いが数えきれないほどあります。私の仕事の1つに「ブランド監査」というものがあります。商品開発、顧客関係管理、広告コミュニケーション、DXといった諸々のマーケティング活動が、ゴールに対して適切に実行されているかをデータやエビデンスに基づいて診断し、戦略や施策が間違っていれば修正する仕事です。

そうしたプロジェクトをしていると、大企業/中小/スタートアップ問わず、「そのフェーズでその戦略は逆効果ですよ」「そのカテゴリーでそのフレームワークは使えませんよ」「それ、売上の先行指標じゃないですよ」といったシチュエーションによく遭遇します。つまり目的と手段が一致していないのに、本人がそれに気づいていないわけです。

ビジネスの世界はとにかくキーワードが多く、新しいテクノロジーやアプローチが毎年のように出てきます。今はAIが話題の中心ですね。しかし何をするにしても、結局、使う側のリテラシー次第です。マーケティングサイエンスには「Garbage in, garbage out(データがゴミならアウトプットもゴミ)」という言葉がありますが、それと同じで、どんな高度な取り組みをしても、使う人の基礎知識や大前提が間違ったままでは事業は成長しません。

ですから、エビデンスを基に「これまでの当たり前」をアップデート・リスキリングしておくことことが大切だと思います。未顧客理解も、「既存顧客だけでは成長できない」というエビデンスがあるにも関わらず世の中的に既存顧客に偏り過ぎている、そのバランスをとるために導入した視点です。

今回のシャノンさんのカンファレンスでは、B2Bの未顧客理解を題材に、そうした「普段の業務では当たり前過ぎて疑うことはないけど、実はそうじゃないんですよ」というお話をいくつかさせて頂こうと思います。

──芹澤さん、本日はありがとうございました。

参考文献

Pauwels, K., Valenti, A., Srinivasan, S., Yildirim, G., & Vanheule, M. (2020). Is There a Hierarchy of Effects in Advertising? Empirical Generalizations for Consumer Packaged Goods. Marketing Science Institute Working Paper Series, Report No. 20-139.

Romaniuk, J., Bogomolova, S., & Dall’Olmo Riley, F. (2012). Brand image and brand usage: Is a forty-year-old empirical generalization still useful?. Journal of Advertising Research, 52(2), 243-251.

Romaniuk, J., & Sharp, B. (2022). How brands grow part 2: Including emerging markets, services, durables, B2B and luxury brands (Rev. ed.). Oxford University Press.

Romaniuk, J., Sharp, B., Dawes, J., & Faghidno, S. (2021). How B2B brands grow [White paper]. The B2B Institute.

Sharp, B. (2010). How brands grow: What marketers don’t know. Oxford University Press.(シャープ, B. /加藤巧(監修)・前平謙二(訳)(2018)『ブランディングの科学:誰も知らないマーケティングの法則11』朝日新聞出版)

Sharp, B. (2017). Marketing: Theory, evidence, practice. Melbourne. Oxford University Press.

田中洋(2017)『ブランド戦略論:Integrated Brand Strategy: Theory, Practice & Cases』有斐閣

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